私評 『 劉禅 』

孔明神話の最大の被害者にして、

三国志に欠かせない愛すべき道化。
 

 はっきり言って、劉禅は「暗愚の代名詞」になっちゃうほどの暗君ではない。

 
いや、別に劉禅を擁護しようってわけじゃない。客観的に、見るとそうなってしまうのだ。

 「客観的に見る」ってのは、
 要するに他の「皇帝」と呼ばれる人達と劉禅を比較する、ってコトね。そうやって見てみると……。

 ……中国4000年の歴史の中、劉禅よりも暗愚な君主などいくらでもいる。
 それこそ、もう掃いて捨てるほどいる。
 国が滅ぼうというのに美女をはべらしまくって見事にぶっ殺された隋の煬帝とか、
 自らに「宇宙大将軍」という大馬鹿モノのネーミングをつけて六朝時代に梁を滅ぼした候景とか…。

 三国時代末期、呉が滅びたときに皇帝をしていた孫皓にいたっては
 「えぇい。どーせ国が滅ぶんなら好き放題やったれ」
 と、近臣・民衆お構いなしに殺しまくっている。
 殺しまくった理由が「うさばらし」ってんだから、もう救いよーがない。

 そんな困ったちゃんな多くの皇帝にくらべると、劉禅ははるかにマシである。
 だいたい、劉禅自身が積極的に民を苦しめたり、流血沙汰を起こしたことはないのだ。


 同時代に、孫皓というメッチャクチャに大迷惑な「暗君」がいるのに、
 どうして劉禅の方が「阿斗」と暗愚の代名詞となるくらい有名になってしまったのだろうか?

 ……その理由はずばり、孔明の存在。
 そう、全ては孔明のせい。ぜーんぶ、孔明が悪いのだ。



 要するに、

 孔明という英雄の存在を確立するには劉禅の存在が不可欠


 と、いうこと。

 「孔明は偉大であったが、蜀は滅びてしまった」 
            ↓
 「しかし、それは劉禅が暗愚だったから」


 と、いった図式を成立させるために。


 もし劉禅が暗愚な君主でなくて普通の君主だったら、孔明はただの

 「自分の志は果たせなかったけど、そこそこ有能だった政治家」

 に過ぎなくなってしまう。……いや、

 「戦争を仕掛けるのは好きだったけど、
  戦争に勝つのは下手クソだった、困った政治家」


 とすら言われてしまうかもしれない。


 え? 下手クソは言いすぎだって?

 いやいや。
 第二次北伐で、魏の昭がたったの一千の兵で守る陳倉を、
 数万の兵で二十日間もかけて総攻撃をかけたにもかかわらず、
 陥落できずに撤退したという孔明の戦闘指揮能力。


 ……これを下手クソという言葉を使わずに表現するのは、なかなか難しいと思うのですが……。

 
 しかし。小説 三国志演義を書いた羅間中の立場からすると、
 物語後半の主人公が戦争下手ではいかにも都合が悪い。

 孔明という人物を

 「神のごとき智謀にもかかわらず、無念にも目的を果たせなかった悲劇の英雄」

 としてカッコ良く描くには、

 「孔明の足を引っ張った、迷惑な馬鹿」

 ……という役回りを演じる人物を探す必要がある。

 馬謖という使い勝手のいいキャラもいるにはいるが、
 それだけだとやっぱ説得力に欠ける。


 どっかにいないだろーか? 
 いかにも無能そうでスケールのでかい馬鹿そうな人。

 たとえば、幼少期に父親から地面に叩き付けられて
 頭がオカシクなってしまっていても、不思議ではない人が……。


 ……いるではないか!? らっきー♪


 そう。
 そんな、とっても不運なハズレクジを引いたのが、我らの劉禅サマ、その人なワケ。


 しかし。さすがにハズレクジを引きっぱなしというのも、気の毒ではある。
 ここらで、客観的にフォローしてあげたくなるというのが人情というもの。

 劉禅にだっていいトコはある。
 ……ていうか、結構あったりするんだ、これが。


 孔明ファンには申し訳ないが、この際 はっきり言えば
 
劉禅は暗愚どころか、かなりマシな君主なのだ。

 いや、むしろ名君かもしれない。

 17歳で即位してから、41年間も皇帝をつとめた在位期間は、中国歴代でも4位を誇る。


 しかも蜀という国で41年間も皇帝をつとめた、ってコトが凄い。

 彼我戦力差で2:27とも言われ、
 人口・生産力・兵力を総合して考えれば
 十倍以上も国力に開きがある大国 魏に戦争をふっかける困った丞相はいる
わ。

 「地元の豪族」・「荊州から流れてきたインテリ集団」・「劉備にくっついてきた武闘派」 
 といったてんでバラバラな家臣達の派閥争いに悩まされるわ。

 どんなに一生懸命 皇帝の仕事を頑張っても報われやしない。
 ことあるごとに偉大(?)なるパパに比べられるのが関の山。

 ……ハッキリ言って、
 こんな最悪な国の玉座になんて、41年どころか41秒だって座りたくない。

 二代目君主にとっては悪夢としか言い様のない国で、何十年も皇帝をさせられて
 よくもまぁ精神に破綻をきたさなかったものだ


 
 孔明の存命中は彼に全権を与えて余計な口だしはしなかったし、
 孔明の死後は蒋エン・董允といった有能な家臣の言うことをよく聞き、
 実に36年間は真面目に皇帝をしていた劉禅。
 
 確かに、董允が死んだ後の5年間は宦官に権力を与えてしまっているが、
 それとて民衆を苦しめたというわけでもない。

 まぁ、姜維というキチガイのような戦争好きを野放しにしてしまったことは
 罪なのかも知れないけれど。


 
よく劉禅が暗君と言われる根拠として、魏に降った後で宴会の席で

 「いやぁ、ここは楽しい。蜀のことなど思い出しもしません」

 という問題発言をしたことが挙げられるが
 それを理由に、劉禅をお気楽極楽なトホホン野郎だと決めつけるのもどうかと思う。

 彼には彼なりに、例の発言をせざるをえなかった事情があったのだから。

 この際、ハッキリ言ってしまおう。

 例の問題発言は、全部 姜維のせい。

 みんなの人気者 姜維ではあるが、劉禅にとっては本当に困った大迷惑な人。

 劉禅が恥をしのんで大人しく降伏したってのに、
 姜維ときたら魏の鐘会をそそのかして謀反を起こし、なんと武装反乱を引き起こす。

 おまけに、
 
 「クーデターが成功したら、クーデター仲間と魏の高官を皆殺しにして、国をのっとる」

 というテロリズムとしか言いようのない大計画(?)を
 目論んでいたのだから、スゴイと言うかトンデモナイと言うか……。

 むろん、こんなメチャクチャな目論みが成功するハズがなく
 姜維はアッサリとクーデターに失敗。
 そのまま鐘会といっしょにぶっ殺されるという、絵になる最期を遂げたのでした。

 とは言え。しかしながら。
 彼の元上司である劉禅からすれば、それで安心できたワケでもない。
 いつ呼び出しをくらうか、不安でしょーがなかったと思われる。


 さて。ここで問題です。
 アナタが劉禅の立場で、姜維の反乱の後で宴席に招かれたら、どーしますか?

 「蜀が懐かしい」なんて言えるでしょーか?

 ……まぁ、おそらくは言えないと思います。
 自分の命と家族を守るために
 「姜維と自分とは無関係」をアピールしたくなるのではないでしょーか?


 そんなこんなで。

 以上を踏まえて劉禅の足跡をまとめてみると
 だいたい以下のようになります。(↓)


 + −−−−−−−−−− +

 有能な政治家達(孔明など)がいるときには彼らに政治をまかせていたけど、
 彼らの死後は、頭がイカれたような軍人(姜維 )を押さえることはできず、
 そのまま国を衰弱させてしまった。

 最後の有能な宰相が死んだ後は宦官に権力を与え、
 享楽的な生活に一時期、身をまかせてしまう。

 しかし、直接 敵が首都に攻めこんできたときには無駄な抵抗をあきらめ、降伏。
 国が滅びた後は余計な意地を張らず、敵国の宴席で場の笑いを取る……。

 + −−−−−−−−−− +


 ……普通の人の、ごくごく普通の対応だと思います。

 いや、むしろ

 皇帝という絶大な権力と責任を持ちつつも、
 それを悪い方向に行使しなかったあたり、
 名君と言っていいのではないでしょうか?



 ……とまぁ、結局のところ、けっこう劉禅を擁護した結果となりましたが。
 一言だけ、皆さんに伝えたい言葉があります。


 「そっかー。劉禅は暗君ではなかったのかも」

 とか思い始めている、そこのアナタッ!! 

 遠慮はいりません。

 これからも劉禅ネタのギャグには、容赦なく笑いましょうッ!

 なんだかんだ言ったところで、あんなに面白いキャラはそうはいないのですから。

 劉禅は確かに孔明神話の被害者ですが、
 同時に三国志という血なまぐさい世界で癒し系の笑いをとってくれる
 希少価値の人でもあるのです。


 だいたい、張飛の娘を二人とも、
 つまり姉妹を両方 嫁サンにしてしまったというあたりからして
 笑えるじゃありませんか。

 そう。

 劉禅が皇帝として権力を振るい、
 無理を通した唯一のエピソードが、
 これ。(↓)

 「美人姉妹、連続でお買いあげ事件」


 いくら、二人とも気に入ったからと言って、
 姉と妹の両方を嫁サンにするのはマズイんじゃないかなぁ……。

 権力を振るう場所が、ささやかと言うか、せせこましいと言うか。(苦笑)


 ああ、劉禅。

 あなたは、本当に憎めない御方であります。



 



 姜維ファンの方へ。

 ごめんなさい。一応、孔明はともかく姜維は嫌いではないのです。(……ていうか、蜀では姜維が一番好き)

 この章では劉禅の立場で、姜維についてはメチャクチャに書きましたけど、
 姜維の立場になって考えてみれば
 劉禅は許しがたい意気地なしとなってしまうのかもしれませんね。