三国時代は、事実上「曹操の時代」であったと言っていいだろう。
後漢末、大陸全土に群雄割拠したあまたの勢力を併呑し、政治・文化の中心地を含む大陸の七割を手中にした曹操こそが、時代を動かしていた中心人物だったのだから。
事実、三国志全体を通して見渡しても、
曹操ほど多くの戦いに身を投じた男はいないし、多くの勝利をおさめた男もいない。
あれだけ多くの強敵達と戦火をまじえつつも、最終的には生涯勝率 8割という数字と共に、大国
魏を残しているのだから凄いの一言。
しかし、曹操の業績は、後に天下を統一する晋の母体となった魏を建国したというだけにとどまらない。政治・文学・兵法など、様々な分野で後々の歴史に大きな影響を与える偉業を成し遂げているのだ。
まず政治面。
当時は、礼法・格式を重んじる儒教思想が人々の意識を支配していたが、それに対して曹操は「厳格な法律こそが国家を支える」と考え徹底的な法治を敷いた。
結果的には、この政治体制が魏を急成長させるとともに短命王朝としてしまったのだが、曹操が残した政治的足跡は晋以降の中国分裂国家にまで影響を与えつづけたのである。
さらに文学面。
曹操自身が詩人としてリードし、また権力者として文化面から保護した建安文学は、後の文学に大きな影響を与えている。己の心境をおおいに語ることをよしとする彼らの作品は、「漢魏の風骨」として後世の文化人から高く評価されることになった。
加えて兵法。
あまりにも有名な「孫氏の兵法」が資料として今日 残っている部分の多くは、曹操が注釈をつけたところに関わっている。逆に言えば、学者としての曹操が存在しなければ、「孫氏の兵法」は伝えられなかったのは間違いない。
「孫子の兵法」の原本とみられる木簡の一部が発掘されるまでは、「孫氏の兵法は曹操が書いたのではないか」という学説すらあったくらいなのだ。
長い中国の歴史の中でも、これほど多くの分野に渡って巨大な業績を残した人物は数えるほどしかいない。曹操を千年に一人の逸材と呼ぶことは、あながち過大評価ではないであろう。
…と。
……まぁ、ようするに凄いオッサンであることは疑い様がない、んだけど。
…………しかし。しかしである。
この男が主人公だったら三国志演義は絶対に盛り上がらなかったと思われる。
はっきりいって主人公としては強すぎて面白くないのだ。
「演義の孔明は一人 無敵モードでズルイッ」
と怒る魏のファンもいるけれど、正史においては曹操こそが反則なのではなかろうか?
一人でなんでもできるくせに、さらに有能な人材をかき集めて陣容を強化するあたり、はっきり言ってタチが悪い。
だが、何よりも彼が主人公に相応しくない理由は「性格がトコトン歪んでいる」といった点に尽きる。
能力は全てSクラスでも、人格的に問題がありすぎる。
手当たり次第に人妻に手を出すわ、部下をトカゲの尻尾切りで殺すわ、肉親が死んだ哀しみを紛らわすために戦争を起こすわ、ケチでお洒落に気を使わないわ、食事の最中に馬鹿笑いして料理に顔を突っ込むわ……。
こんなのを主人公にしたらお子様の教育上よろしくない作品しか、できっこない。
そんなこんなで、三国志演義の作者 羅間中は、
「良い子のみんなへ。能力があっても人格に問題がある大人になっちゃいけないよ」
とばかりに教訓をこめて、曹操を悪役にしてコテンパンにやっつけたのだと思われる。
……ただ、今も昔も。
主人公より強くて、男らしくて、美学がある悪役だったら、そっちの方が人気出ちゃったりするんだけどね。
(くわしい統計 見たことないけど、絶対 劉備よりも曹操の方が人気ありそうだ)
まぁ、なんだかんだ言っても。
……やっぱり、曹操には悪役がよく似合う。
だいたい、彼が生涯を賭して集めた多くの人材のどいつもこいつもが、
狙ったかのような「悪そうなオヤジ」ばかりではないですか。
若さや爽やかさのカケラも感じさせてくれない髯ヅラの武将達。
陰険で暗い軍師で構成されたブレーン集団。
どう贔屓目に見たところで、彼らが正義の味方として活躍するシーンを想像することは難しい。
……て言うか、不可能に近い。
そんなこんなで。
物語の中では今日も。
愛すべき「極悪軍団・曹魏」を率いる総帥 曹操が高笑いと共に、
大いに蜀や呉の人々を苦しめている姿を楽しむことができるのであります。
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