甄皇后と言うよりは、甄姫と言った方がとおりがいいかもしれない。
そう、コーエイの大人気ゲーム
真三国無双シリーズで大活躍のヒロイン 甄姫のモデルとなった人、それが甄皇后なのだ。
ゲームの中ではブッチギリのアダルティな色気をぶちまけ、
妖艶な笛の音で周囲の男共を惑わし、華麗なる足技で蹴りまくるイカした女王様♪
……もといオネーサマ。
むろん、個人的にも大好きだ。
……いや、ハッキリ言おう。
あのゲームの中では、彼女が一番好きだッ!
♪ 惑わされたい、蹴られたい♪ 踏みにじられたり、してみたい ♪
……。
…………。
いや、待て。この場は俺の個人的嗜好を語る場ではなかったよな。
うむ。話を、戻そう。
さて。さてさて。
そんな彼女のモデルになった「実在した甄姫」とは、どのような女性だったのだろうか?
結論から言うと
三国時代 最高のナンバーワン・ヒロインである。
三国時代とは極端に女性の記録が少ない時代なのだが
彼女に関しては非常に多くの逸話が残っている。
マジメな話、長編小説の三つや四つは書けそうなほどに、彼女のエピソードは多い。
ハッキリ言って、
実在しなかったヒロイン 貂蝉・祝融や、
旦那のオマケである呉の二喬や、
呉のオテンバ姫や、
実はブスだったという月英など、
敵じゃないのである。
……とは言え。
あの献帝とも甲乙つけがたいくらいの
ド不幸な運命に翻弄された彼女の人生。
よくよく考えてみれば、
当の甄姫とっては、たまったもんじゃなかったかもしれない。
ハッキリ言って
『男運の悪さも三国時代 最悪のナンバーワン・ヒロイン』
……だったりするんだよな、彼女ってば……。
では。
前置きは、このくらいにして。
甄姫の超弩級な悲劇的ストーリーを紹介していくとしよう。
まずは、その生い立ちから。
生まれた家は漢代の名家。オトーチャンは県の知事。
言ってみれば、甄姫はバリバリのお嬢様だったのだ。
本来なら、何不自由なく過ごせる環境にあったのだけど……。
なんと、わずか3歳にしてパパが他界してしまう。
幼い頃から利発で真面目な少女だったという記録が残っているが、
それは多分に苦労したからだと思われる。
しかし、そんな恵まれない家庭環境にもかかわらず、少女は健やかに成長していった。
……やがて歳月が過ぎ。
成長した甄姫は、それはもう創造神の愛を独占しまくりな美人になっていた。
パパが不在の一家を支えるべく、甄姫に課せられた使命。
それはむろん、玉の輿である。
……で。甄姫が住んでいた冀州における一番の実力者は袁氏。しかも、
当時の袁氏は総帥 袁紹のもと、バリバリに勢力拡大中の中国統一の大本命。
当然、甄姫お嬢様は、袁家に嫁ぐこととなる。
甄姫が嫁いだのは袁紹の次男・袁熈。
まぁ、ちょっとパッとしないアンチャンだったけれども、なんだかんだ言って袁家の次男坊だし。
長男に嫁ぐよりは気楽でいいかなー、って感じで幸せな日々。
袁家の三男坊、ハンサムで有名な袁尚にも片思いされるなど、
真面目な甄姫にとっては迷惑な出来事もあったけれど、
まぁこのくらいなら許容範囲といった感じ。
そもそも、同じ屋敷に美女と美男が住んでいれば
イケナイ噂のひとつやふたつ、立たない方が不思議ってものだ。(笑)
しかし。
ちょっとやそっとの美人ならともかく、超絶美人は幸せになれないと相場が決まっている。
……で。
甄姫の場合、ちょっとやそっとの美人ではなかったんだな、これが……。
西暦200年、甄姫 18歳の時。
若妻 甄姫の元に最悪のバッドニュースが到来する。
官渡大戦で袁紹がボロ負けしてしまったのだ。
これによって一気に、袁家は落ち目となってしまうのである。
とは、言え。
しかしながら。
こんな時こそ、明るく亭主を励ますのが妻の仕事。
「いえいえ、まだまだ大丈夫でしてよ!
河北4州を制圧する袁家が、たった1回の敗戦で滅びてたまるものですか。
頑張って巻き返せばいいだけのコトですわ♪」
おそらくは、甄姫もそのように袁熈を勇気づけたに違いない。
そう。
実のところ、袁家サイドからすれば
官渡では大敗したとは言え、地盤を失ったってワケでもない。
敗戦のドサクサにつけ込んで叛乱を起こす輩もいたけれども
袁紹は、そんな不届き者など速攻で叩きのめしてしまっている。
思わぬ不覚をとったのは確かだが、今なお袁家が
『大陸最大勢力』
であることもまた、事実である。
「次は、勝つ」
ただ、それだけのコトなのだ。
そう。
……その、ハズだったんだけど……。
西暦202年、甄姫 20歳の時。
頼り甲斐のある義父 袁紹が失意の中、死亡してしまう。
「敗戦処理」が満足に片づいていない状態にもかかわらず、総帥が他界してしまったのである。
おまけに、しっかりと後継者を決めておかなかったってんだから救われない。
おそらくは、聡明な甄姫のコト。
自分達が、いかに悲劇的な状況に立たされていたか理解できていたに違いない。
「…うぅ…。こ、これはちょっと。
本気で、マズイかも、しれませんわ……」
「そりゃぁ、私の旦那様である袁熈殿は、
最初から後継者の候補にすら選ばれない甲斐性なしではありますけれど……」
「だからといって、
後継者問題でガタガタするお家騒動に巻き込まれない保障は、
ありませんわよね……?」
ハイ。まったくもって、その通り。
案の定、袁熈はモノの見事に、
三男坊の袁尚と、長男の袁譚との間で、板挟みになる始末。
で、それを見逃すような曹操でもない。
しかも彼には悪魔軍師・郭嘉がついているときた。
郭嘉の策に従い、曹操はお家騒動の内紛に乗じて一気に攻勢を仕掛けることとなる。
西暦205年、甄姫 23歳の時。ついに袁氏 陣営の首都 鄴が陥落。
んで。この時。
なんと亭主の袁熈は、妻を捨てて北方に逃走。
おい。そ、それはないんでないの?
……甲斐性なしとは思っていたけど、ここまでとはッ!
だが、甄姫の不幸はここからが本番。
加速していく。
「わははははッ!!
袁熈の妻、甄姫とはそれはまぁ美人だそうじゃのぉー?
鄴に攻め込んだのは、その人妻を手に入れるためさぁッ♪
わははははははッ」
と、公言してはばからない魏の怪人赤マントに、甄姫は狙われていたのである。
そう。
子供ではなく人妻をさらう怪人赤マント・曹操に。
よそ様の国の人妻をゲットするために
戦争を仕掛ける行為を
複数の勢力を相手どり、なおも繰り返した変態は
世界史上、この男しかいないであろう。
文字通り「傾城の美女」甄姫であるが、
当の本人は全然 笑えなかったに違いない。
「嫌よ、嫌ッ! 絶対に嫌ッ!
人妻狂いの変態に捕まるなんて、まっぴらごめんだわッ」
当然のことながら、甄姫は城を脱出することを決意する。
んで、
ボロボロの衣をまとい身をやつし、避難民の中に紛れ込むことに成功。
このあたりは、なかなかにたくましいと言える。
ただ、見てくれだけがキレイなネーチャンってワケでもなかったようだ。
だが、このときは彼女が美人過ぎたことが災いした。
生来の美しさを隠すことができず、あっさりと発見され、曹操の兵隊に囲まれてしまったそうな。
し か し 。
ここで、白馬の王子様が登場する。
危機一髪、素敵な貴公子が敵兵の中から颯爽と現れるやいなや、
甄姫を抱きかかえ、そのまま兵士達に背を向け、走り去ったのであった。
「美しき貴人よ、どうか御安心ください。
あの変態オヤジに、貴女を好きにさせたりはしませぬゆえ!」
ホッと一安心。
( まぁ♪ ……なんて素敵な王子様なのかしら…… )
夫ある身なれど、今はただただ
自分を抱える、その貴公子の腕が頼もしい。
(……まさか。ひょっとして。
この出会いもまた、私に用意されていた運命? )
ふと、そんな思いすら頭によぎってしまう。
それを、一時の気の迷いとして 頭から振り払おうとしつつも、
自分を置き去りにして逃げた夫のコトを思うと、なかなかに難しい。
言葉では、にわかに形容できない感情に支配されてしまうというものだ。
やがて。
「危ないところを、有り難うございました。
よろしければ、お聞かせ願えませんか? 貴方のお名前を…」
静かなる決意をこめて
彼女は、運命の問いを口にする。
……そんな彼女の耳に、返ってきた言葉は。
「わははははッ!! 曹操の息子、曹丕ですッ♪」
………。
………………。
う そ ー ん ッ !?
よりによって、父親の冷血を120%引き継いだトカゲ野郎じゃないですか!?
( く、くぅうう〜〜。し、しかしながら。
『背に腹は替えられない』 とも、言いますし…… )
そう。
人妻マニアの中年オヤジよりは、
若くて才気あふれる青年に身を委ねたほうがいいかもしれない。
かなりの究極の選択ではあったが、結局 甄姫は曹丕を選ぶことにした。
曹丕に甄姫をかっさらわれたことを知った曹操は、
「ははは。この戦いは曹丕のためにしてやったようなものだな」
と余裕こいて苦笑したというが、
内心はハラワタが煮え繰り返っていたに違いない。
これから十数年にわたり、曹操は曹丕をイジメ抜くことになる。
しかし、自分の未来に漂う暗雲をまだ知らない曹丕は得意絶頂。
天下に轟く美人で、しかも5歳年上の姐さん女房ときた。
男なら、誰でも一度は通る道。年上のオネーサマに夢中になってしまうのであった。
……で。
225年、甄姫を捕まえてから子作りに励みまくった曹丕は、速攻で彼女を孕ませ、
その年のうちに男子を出産させる。のちの魏の三代目・明帝こと曹叡である。
……とは言え。ここんトコは結構 重大なのだが。
ちょっと冷静になって考えてみると、この時に生まれた曹叡が、
本当に曹丕の血を引く子供であったのかどうかは、かなり怪しいのだ。
だって妊娠の時期を計算してみると、袁家一門の子供である可能性もあるのだから。
後世の歴史家達ですら
「魏の曹叡は袁家の血を継いでいるのではないか」
と、怪しんでいるくらいなのだ。
当時の人達が怪しまないワケがない。
しかし、色ボケの曹丕はそんな言葉に耳を貸そうとしなかった。
……そして。
それが、やがて甄姫と曹叡の二人にイバラの道を決定づけることとなるのだが、
それはもう少し後の話。
さて。甄姫が曹叡を生んでから、3年後の西暦208年。
曹操をしのぐ天才児、曹操の13歳の息子 曹沖が死亡する。
賢くて心の優しい曹沖を溺愛していた曹操は、
曹沖こそを後継者としようと考えていたので大ショック。
哀しみを忘れようとしたのか、国内を安定させる時期に 呉に大遠征を仕掛けて見事に敗退。
赤壁の戦いにボロ負けし、そんな曹操を慰めようとした曹丕に対しても凄まじいセリフを放つ。
「……へッ。
曹沖が死んだのはワシにとっては不幸だが、オマエにとっては幸福だ。
曹沖が死んだおかげで、
オマエが後継者になれるかもしれねーんだからなぁッ」
とても父親が息子にかける言葉とは思えない。
当然、曹丕は これが原因で致命的に性格がネジ曲がってしまう。
しかも、さらに追い討ちをかけるがごとく、
曹操は曹丕の弟 曹稙を可愛がって曹丕をいっこうに後継者である太子にしようとしない。
曹丕としては、当然 曹稙がムカついてしょうがない。
さらに言えば、
詩人としては杜甫や李白が登場するまで中国史上に並ぶものがいなかった
天才 曹稙に対しては、たまらないほどに嫉妬の感情を抱いてしまうのも確かだ。
曹丕もまた、卓越した詩人であったのだから。
……で。
そんな憎ったらしい曹稙が、どうやら甄姫に惚れているようなのである。
曹丕が、憎悪に燃える修羅と化したのも無理はないと言えよう。
「おのれぇええッ、曹稙めぇえええッ! 許さんぞぉお〜〜ッ!!
甄姫も甄姫だ、あんなクソガキに色目を使いくさってぇええッッ」
甄姫からすれば、ポエムを作るしか能のない道楽息子 曹稙に惚れられても当然、困る。
……っていうか、迷惑以外の何物でもない。
おかげで曹丕に睨まれてしまったじゃないかッ!?
さすがに結婚して何年もすりゃぁ、曹丕の熱も冷めてきていた。
頭を冷やして考えてみれば、曹叡が本当に自分の息子なのかどうかも疑わしくなってくる。
……で、曹丕は疑惑の子・曹叡を疎んじるようになるわけだが……。
そーすると、曹操が孫である曹叡を可愛がりはじめるのである。
曹操からすると利発な曹叡が純粋に可愛かっただけなのかもしれないが、
曹丕からすると まるであてつけだ。
「ちくしょう、甄姫の馬鹿女がッ!
あんな いらないガキを産みやがってッ。
曹操のクソ親父、ことあるごとに俺を苦しめやがってッ。
……さては、昔 甄姫を横取りしたことを根にもってやがるなッ!?」
もはや脱出不可能なまでの、
泥沼状態である。
やがて、最凶軍師 賈詡を味方につけた曹丕は、
《 ひたすら大人しくてイイ子を演じて、パパに気に入られよう大作戦 》
という壮大な戦略を展開し、曹稙が自滅するのを待つ。
案の定、詩に関しては天才だったが、
芸術家にありがちなぶっ飛んだ性格をしていた曹稙は、
酒に酔っ払って閲兵式をすっぽかすという大失態を演じ、見事に後継者争いから脱落する。
西暦218年、甄姫 36歳のとき。
曹丕は正式に後継者である太子となる。この時、曹丕は31歳。
その年になるまで、後継者として認められなかった曹丕はすっかり、心が病んでいた。
「ふふふふふふ……。うふ、うふふふふふ……」
部屋の隅で膝をかかえ、不気味な笑いを浮かべて微笑む曹丕。(←注:管理人の想像 )
( いやぁああああッ!? 私の亭主様は いったいどうしちゃったというのぉッ?)
ひたすら、来るべき復讐の日を楽しみに待つ亭主の曹丕が、甄姫は怖かったに違いない。
そして。
運命の西暦220年。
ついに、稀代の人妻マニア、もとい偉大なる覇王 曹操が死去。享年 66歳。
その訃報を劉備や孫権よりも、はるかに積極的に受け止めたのは、
誰あろう、曹操の後継者 曹丕であった。
「……死んだかッ!? あのジジイ、やっとこさ くたばったかぁ!
ふははははッ! さぁ〜て これからは好きにさせてもらうかんなぁッ♪」
そう。
ようやく、冷血トカゲ野郎 曹丕の本領が発揮されるときが来たのである。
もうイイ子ブリッ子の真似事はたくさんだ。
モンテ・クリスト伯も真っ青の
曹丕の復讐劇は、ここから開始されたのであった。
西暦220年の一月に曹操が死んでから、わずか1年足らずの間に二代目・曹丕は
「献帝から帝位を強奪」 & 「許都から洛陽に遷都」
という二つの偉業を達成する。
すべてはクソ親父の曹操を超える男になるために。
親父の曹操は、形の上では献帝に使える漢の臣下であったが、
そんなの曹丕の知ったこっちゃない。
献帝を山陽公の立場に落とし、さらに二人の娘を側室として召し上げるという狂いっぷり。
事ここにいたっては、もはやクソ親父との思い出がつまった許都に用はない。
さっさと洛陽に移って楽しい皇帝生活を過ごすとしよう。
曹丕が皇帝となったおかげで、息子の曹叡は皇子サマ。
甄姫も皇后という立場になったのであるが……。
「き、気のせいでしょうか?
なんだか、とても素直に喜べない気持ちですわ……」
そんな甄姫の不安は的中する。
皇帝となった曹丕の次の仕事は、弟イジメ。
そう、曹稙をイジメまくったのである。
彼の友達を次々と宮廷から遠ざけ、曹稙自身を小国に左遷する。
しかも、その後 わずか12年の間に6回も国替えをさせられるという、
いわば流浪の身同然の立場にしてしまう。
しかもキッチリと使者を送って厳しい監視下におく徹底ぶり。
「わはははははは、ざまーみろ。ざまーみろ。
オマエには生涯、落ち着く暇なんか
与えてやーらねぇかーらなぁー!!」
甄姫はそんな曹丕をどんな気持ちで見ていたのだろうか?
プライドの高い曹稙に、死よりもつらい屈辱の人生を押し付けた亭主様。
……ああ、なんでこんな男を選んでしまったのだろう。
だが、曹丕の勢いはまだまだ止まらない。
曹丕のお次の仕事は女漁り。そう、英雄 色を好むのだ。
献帝の二人の娘のほかにも、郭后や李貴人、陰貴人などと
若くてピッチピッチのギャル を次々とはべらし始める。
そう、男の夢 ハーレムだ。
だ、だけど いいのか曹丕ッ!?
おまえには三国一の美人の奥さんと可愛い息子がいるじゃないかッ?
「ああん? 甄姫ぃ? 曹叡ぃ?
あんな年上のオバサンと、誰の子かもしらんクソガキなんか
知ったことかよッ、ボケがッ!!
だいたい、甄姫ときたら真面目すぎてうざいッ!
もっと若くて楽しい女の子とスリリングな恋を楽しみたいんだッ、俺はッ!!」
……あ、あんたなぁ……。
もはや、男としても父親としても、いや人間としてさえ失格かもしれない。
この冷血トカゲは、あっさりと甄姫を捨てた。
曹丕が甄姫のいる宮殿を訪れることはすっかりなくなってしまったのである。
あまりの曹丕の仕打ちに、
甄姫としてはついつい、恨み言のひとつやふたつは、口にしたくなる。
「 ヒドイわ、曹丕サマ。……貴方はなんて心の冷たい人……」
しかし、たったそれだけの、むしろ当然な行為が命取りとなった。
曹丕のお気に入りの郭后が、それを利用したのである。
「おーほっほっほほほほほッ! いい気味だわッ、
三国一の美女なんて言われて調子に乗った罪を思い知るがいいわッ!!
トドメは私が刺してあげるとしましょうッ!」
恐怖の悪魔レディこと、郭后はキッチリ尾ひれをつけて曹丕に報告。
「甄姫が曹丕様に恨み言を言っていますワッ。
それどころか、人形を作って曹丕様を呪っているとか。
最近、曹丕様の体調が優れないのは、そのせいに違いないですワッ」
こんな言葉を鵜呑みにするアホはいるのだろうか?
……いるんだなぁ、これが。(涙)
曹丕は、甄姫の弁解の言葉など聞く耳持たずに言い放った。
「死ね。自殺しろ。
これは、皇帝としての命令だぁッ!」
う、嘘。
マジですか曹丕様?
十六年前、私を怪人赤マントから救ってくれた白馬の王子様は
いったい、どこに行ってしまわれたのですか?
しかし。
そんな泣き言を口にしたところで、今さらどうなるものでもない。
たぐいまれな美貌ゆえに、翻弄されてきた我が人生。
……ならば、最後まで美しく……。
静かに彼女は、自ら死を選んだのだった。
西暦221年、甄姫 自殺。享年 39歳。
しかし。彼女の不幸は死んでからも終わらない。
「おーッほほほほほほほほほッ!!
ザマァ見されですわ、クソ女ッ!! でもこれだけでは済まなくてよッ!?」
悪魔レディ 郭后ちゃんのセリフであることは言うまでもない。
とにかく彼女、甄姫が大ッ嫌いだったのだ。なんせ、
全盛期の甄姫ときたら超絶美人で、
おまけにニューモードのファッションを流行らせるトップモデル。
あるとき、甄姫が見た夢に、
「霊蛇がのたくって次々と斬新な髪型を教えてくれる」というものがあったそうだ。
それをもとに、バリエーション豊かに結われた甄姫の素敵な髪型は
「霊蛇簪」と呼ばれ、彼女に憧れる女性達の間で大流行したという。
そう。
若い頃の甄姫は、郭后ちゃんが逆立ちしたって勝てる相手ではなかったのである。
しかし、だからと言って、
郭后ちゃんがソレで納得がいくかといえば、そーいうワケでもない。
「きぃいいいいッ!!
三国一の美女なんて言われたアナタを、私は絶対に許さないッ!!
凄くみっともなくて無様な死に様をくれてやるわッ!!」
ここにおいて、悪魔レディと冷血トカゲの最凶最悪タッグが結成されたのである。
郭后に吹きこまれたとは言え、皇帝直々に発せられた命令は信じられないものであった。
「遺体を安置する際、髪をバラバラにして顔の上にかぶせ、
口の中には糠(ぬか)を詰め込んでやれ」
……えーと。曹丕さん?
あんた、それマジですか?
死体を辱め、死者に鞭打つのが男たるもののすることですか?
こ、この冷血トカゲ野郎ッ!!
だが、この冷血トカゲ、まだまだ満足しない。
「……残るは曹叡か。
く く く、ジワリジワリと いたぶってやるぜッ、何年もかけてなぁッ!」
そんな彼の魂胆は、なんともあからさまに形にあらわれた。
曹叡をなかなか後継者として認めようとしなかったのである。
甄姫の死の時点で、曹叡は15歳。
立派な皇太子として認められるハズの年齢であったにもかかわらず。
かつて、自分が曹操にされたことを、キッチリと自分の息子にしたのであった。
……嗚呼、あんた ホントに人間のクズや。
おまけに、悪魔レディを曹叡の継母にするという徹底ぶり。
ここまでして見せてくれると、いっそ すがすがしい気持ちにすらなってくる。
……しかし。
曹丕としては残念なことであっただろうが、
息子をまだまだイジメたりないまま、自分が先に病死することになる。
甄姫の死から5年後のことであった。享年40歳。
とは言え、結局のところ数々の悪行の報いを一切受けることなく
畳の上で死んだのだから、本当にこの男もある意味 最強だ。
……で。
その後、曹叡はどうなったのであろうか?
もともと利発で性格も良かった青年だったし。
曹操に可愛がられていたし。
他に候補者もいなかったし。
キッチリと魏の三代目・明帝として即位したのであった。
……んで。
曹叡が皇帝になった後、忘れることなく実行した事といえば。
……もう、想像がつくでしょう。
「このド腐れの悪魔女がぁああッ!!
オフクロの仇、討たせてもらうッ!!」
「ひぃいいいいいいいッ!
わらわはそなたの義理の母ですよッ?」
必死で郭后ちゃんは言い逃れしたと記録に残っているが。
残念ながら、曹叡の母親は一人しかいない。
悪魔レディの言葉に耳を貸すわきゃないのだ。
母親の無念を晴らすべく、
きっちり郭后ちゃんを誅殺し、墓に葬り、さらにその墓を暴き、
その遺体に甄姫がされた仕打ちと同じ処置を取らせるという、
復讐フルコースを見舞うこととなった。
……いやぁ、スッキリしました。
甄姫の無念は、その息子が果たしてくれたと言えましょう。
なお。
甄姫の死後は、天才詩人 曹稙が「洛神」という水の女神にたとえて
甄姫の美貌を詩に歌うことで
彼女の死を悼み、千年の後にいたるまで彼女を歴史に刻むこととなる。
……甄姫自身にとっては
その生涯はけっして幸福なものとは言えなかっただろう。
それは、誰もが皆、そう思うに違いない。
しかし、乱世に生きた一人の女性としては。
生前は多くの英傑達の愛を一身に集め、
死後も多くの人々の想像をかき立てるといった具合に、
ある意味 女冥利に尽きる生涯だったかもしれない。
そう思うのは俺だけでしょうか?
《 ここまで読んでくれた方へ 》
……お疲れ様でした。そして、有難うござんした。
甄姫はもちろん、冷血トカゲや曹叡もかなり好きな人物なので長くなってしまいました。
ゲームの甄姫も好きなので、ついついイラストもゲームのキャラに似てしまいましたが、それも、ご愛嬌。
三国無双シリーズで遊ばれている方は、
これからもますます愛を込めて、 甄姫を使っていただけることを、祈っております。
|