三国劇場
少年と小覇王
作: 天猿




呉の呂蒙は、寒門の出自。
少年時代は、非常に貧しかったという。



……これは、呂蒙が十五歳の少年だったころのお話……


呂蒙 家が貧しいばかりに、母上にはいつも苦労をさせている。

……お金さえ、あればなぁ。

呂蒙 しかし。

俺のような、貧乏人の息子が、どんなに働いたところで
稼げる金など、たかが知れていよう。

呂蒙 ……さて、どうしたものか……。



呂蒙 ……そうだ!
戦場に、出よう。

命がけで戦えば、お給金だって
はずんでもらえるに違いない!!

呂蒙 たとえ、この命を
危険にさらすことになろうとも。

俺は、一日でも早く母上に楽をさせてあげたいのだ!



やがて、呂蒙は
袁術から独立した孫策の軍に、従軍することとなる。

……しかし、ある時……



意地悪な兵士 やい、この阿蒙め!

呂蒙 あ、先輩。



意地悪な兵士 いつもいつも、みすぼらしいナリしてんじゃねーよ!

おめぇの横にいる俺まで、貧乏くさく見えちまうじゃねーか?

呂蒙 ……く……。



意地悪な兵士 あぁん?
なんだぁ、その目は?

阿蒙の分際で!

呂蒙 ……あ、阿蒙って呼ぶのはやめてください!

阿蒙、って『蒙ちゃん』という意味でしょ?
俺には、子明って立派な字(あざな)があるんです!




意地悪な兵士 ははは、何が子明だ?

オマエみたいに、字も読めない無学なガキは、
『蒙ちゃん』で充分だ!!

呂蒙 お、俺だって好きで字が読めないワケじゃない!

貧しくて、学問を修めることができなかっただけです!!


意地悪な兵士 けッ! 貧乏人が生意気な!

ええぃ、この隊から出て行け!!

呂蒙 ……な……!?



意地悪な兵士 オマエみたいな
金に困ってるヤツは油断ならないんだよ!

いつ、モノを盗まれるか、わかったもんじゃないからなぁ!?

呂蒙 ……そ、そんな……。(涙)

意地悪な兵士 うははははは!!

貧乏人のガキが、涙ぐんでやがるぜ!
ますます、みじめだなぁ♪




呂蒙 ……ゆ、ゆるせない……。

う、うあぁあああああああああ!!


ザシュッ!!

意地悪な兵士 ぐぁあああああああああああ!!



貧しい身の上を、侮辱された呂蒙は逆上し、

相手の兵士を斬ってしまったという。



呂蒙 ……は!?

呂蒙 あ、頭に血がのぼっていたとは言え。

お、俺はなんということをしてしまったのだ……。


呂蒙 ……ううぅ……。(涙)

…いや、しかし。……せめて。
母上に罪が及ぶようなことだけは避けなくては……。



そのまま、呂蒙は孫策のもとへと出頭したのだった。



孫策 あぁん?

なんだ、オメェは?

呂蒙 ……そ、孫策さま……。お、お目通りを失礼します。

お、俺。りょ、呂蒙って言います。
貴方の隊で働いている、下っ端の兵士です……。


孫策 ……ふぅん?

で?
その下っ端の兵士が、俺に何の用だ?

呂蒙 ……実は、俺……。

とんでもない事をしてしまって……。(泣)




呂蒙は、事の次第を説明した。

しかし、孫策の反応は意外にも……。



孫策 ははははははははははッ!!

呂蒙 !?



孫策 なかなか見所のあるガキじゃねぇか?

……気に入ったぜ!!

呂蒙 え?

孫策 ええと、呂蒙とか言ったか?

オマエ、今後は従卒として俺に仕えろ!!

呂蒙 ……え……ええ!?

いいんですか?
俺、てっきり斬られるとばかり……。




孫策 へッ!(笑)
別に無罪放免ってワケじゃねぇ。

俺の直属で働くのは、なかなかハードだぜ?

呂蒙 ……うぅ……。(感涙)

ありがとうございますッ! ありがとうございますッ!!






この時。

少年は、決意したのであった。



呂蒙 孫策サマとは、なんと心の広いお方であろう。

さすが、若くして小覇王と呼ばれるだけのことはある。


呂蒙 決めたぞ。俺は、あの人について行く。

この命、孫呉に捧げるのだ!!



少年と小覇王。

運命の、出会いであった。






ちなみに。以下は、その後日談。



呂蒙が孫策に仕えてからの、ある日のこと。




周瑜 張昭 黄蓋 ……はぁ〜〜……。


呂蒙 ……おや?
みなさま、お揃いで。

何を、悩んでいるのですか?




張昭 うむ。

実は、人事官の魏騰という男が、
孫策殿の怒りを買ってな。

周瑜 伯符のヤツ、

魏騰を殺すと言ってきかんのだ。


黄蓋 ……しかし、話を聞くかぎり。

魏騰も殺されるほどのコトをしたと思えないしなぁ。
なんとか命だけは救ってやりたいのだが。




呂蒙 で、では。
皆で、陳情に参りませんか?

俺の時は、広い心で許してくれましたし……。


周瑜 張昭 黄蓋 ……うーん。

無駄だと思うけどなぁ……。

呂蒙 ??

周瑜 ……伯符の場合、広い心と言うより、単に……。

呂蒙 ??

周瑜 ……いや、いい。なんでもない。

少年の、夢を壊すようなコトは言いたくないしな……。

呂蒙 …………??





張昭 ……と、とにかく。呂蒙の言うコトも、もっともではある。

やはり、もう一度 我々からも孫策サマに、
魏騰の処刑を思いとどまるよう、進言してみようかの。

周瑜 ある意味、我々も命がけだがな……。



呂蒙 命がけ?

黄蓋 ……行けば、わかる。





孫策 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!

魏騰のクソ野郎がぁああああッ!!
生皮 剥いで、ブチ殺したらぁあああああッ!!!



呂蒙 なななッ!?

周瑜 張昭 黄蓋 ……な?




孫策 あぁん?

なんだ、おめぇら!?
俺のやることに何か文句あんのかぁッ!?

呂蒙 ……う、うわ……!?

孫策 敵だなッ? 
おめぇらも俺の敵だなッ!?

俺サマに逆らうってコトは、
俺サマの敵だってコトだからなぁッ!!

周瑜 張昭 黄蓋 い、いえ。

さすがに、
そーゆーつもりでは……。




孫策 ……敵ハ殺ス、敵ハ殺ス、敵ハ殺ス、敵ハ殺ス、敵ハ殺スッ!!

見敵必殺ゥーーーッ!! うっきょぉおおおおおおお〜〜〜ッ!!!!

呂蒙 周瑜 張昭 黄蓋 ひぃいいいいいいいッ!?






呉夫人 いいかげんにしなさいッ、伯符!!

孫策 ……あ……。

か、かあちゃん……?



周瑜 張昭 黄蓋 おぉ!
呉夫人サマ!

……た、助かった……。

呂蒙 ひそひそ。

(あ、あの女性は?)

周瑜 張昭 黄蓋 ひそひそ。

(亡き孫堅サマの妻。孫策殿の母上だ)





呉夫人 本当に、アナタという子は……。

どーして、それほどに
手を焼かせるのです?(涙)

呉夫人 いいですか?

アナタがこれ以上、むやみに人を殺すなら
私は井戸に身を投げて死にますからね!!

孫策 うぅ!?

孫策 ……。
わ、わけわかんねぇ〜よ〜。

なんで、かあちゃんが死ななきゃ
なんないんだよぉ〜ぅ?




呉夫人 このドラ息子!

そんなことも、
わからないのですか?



呉夫人 いまだ江東の基盤を
整えていないにもかかわらず……。

むやみに人を殺して恨みを買って、どうするつもり?

呉夫人 賢者には礼を尽くし、
多少の欠点に目をつぶることができなければ

人はみな背くでしょう。

呉夫人 ……そのように乱れる国を見るくらいなら!!

その前に死んだ方がマシだと、言っているのですッ!!




孫策 ……ああ、もうッ!

わかったよ、かあちゃん。
魏騰のヤツを許せばいいんだろッ、許せばッ!!



とか、なんとか。

とりあえず、一連の騒動は落ち着いたのだが。


呂蒙の表情は、少し複雑だった。



呂蒙 周瑜殿。

周瑜 ん?

どうした、呂蒙。



呂蒙 ……先ほど、周瑜殿が言いかけた言葉……。

その意味が、わかりました。


周瑜 ……あ、あぁ……。

伯符のことか?




呂蒙 あの人の場合。

度量が広いっていうよりは。

呂蒙 単に、人殺しの罪の重さを

理解していないだけだったのですね……。




周瑜 …………。
そー言ってしまうと、ミもフタもないが。

まぁ、そんなトコだろーなー。

呂蒙 やはり。



周瑜 がっかりしたか?

呂蒙 かなり。





周瑜 そうだろうなぁ。

……で、どーする?


周瑜 オマエはまだ若い。

とっとと、見切りをつけて
他の道を模索するのもいいかもしれん。


呂蒙 ……いえ。

このまま、孫策サマには仕えるつもりです。

周瑜 いいのか?

苦労、するぞ?





呂蒙 覚悟の上、です。

俺のように学もない、貧乏人の息子が
身を立てるには軍人しかありません。
その事実は、変わりませんよ。

周瑜 ……そ、そーか。

本当に、オマエは孝行息子だなぁ。
それに比べ、伯符ときたら……。




呂蒙 はははは。

いやだなぁ、周瑜殿。
あの人ような親不孝モノと比べられても、困るッスよ。(笑)

周瑜 うむ、その意気だ!!

アイツを反面教師にして、
オマエは立派な大人になるのだぞ!!




呂蒙 はい!!

俺、がんばります!!




この日。
少年は、少しだけ大人になった。


少年時代が幸せなのは、夢を見ることができるから。

しかし、夢と現実のギャップに苦しむことこそ、
人生の厳しさなのだ。



年月をへて。

将として、人格者として。

呂蒙が大きく成長したのは、
孫策から学んだことが大きかったからかもしれない。





天猿 コメント: 呂蒙と孫策との出会いのエピソードは、
史実をもとにした話です。

マジメな話をすれば、

初めて会った時から既に
呂蒙にとって孫策とは命の恩人だったのです。

忠誠や尊敬を通り越して
崇拝すら、していたのではないでしょうか。

彼にとっては、まさに
『 運命の出会い 』 だったのでしょうね。