三国劇場
誇り高き男達 原作: かいがら様
文章: 天猿



建興九年(西暦231年)

第四次北伐。


孔明 VS 司馬懿


諸葛亮と司馬懿。
両雄が初めて正面から激突した、
この戦いにおいて。


まず、緒戦を制したのは、蜀軍であった。

しかし、

司馬懿 ……ふ……。
戦術における勝利など、くれてやる。

だが、諸葛亮よ。兵糧の問題、これはどうするつもりかな?


徹底的に守備を固める司馬懿に対し、


孔明 ……くっ…!
戦略における有利は、手放しませんか。

さすがは、司馬懿。わが軍の弱点を、見抜いていたとは……。




諸葛亮は、ついに撤退を余儀なくされたのであった。


魏軍 総司令官を務めていた
司馬懿は、この機を逃さず、追撃作戦に移行。


……しかし……。





張郤 馬鹿げてる!



従軍していた魏の五将軍、最後の一人。

張郤は、司馬懿の追撃作戦に対し、断固として反対したのであった。



司馬懿 ほぅ……。
これはこれは、張郤殿。

私の作戦に異を唱えるとは? 

張郤 司馬懿殿!
なにゆえ、このような思慮の足らぬ作戦を命じるのか?

司馬懿 思慮が足らぬ、とは失礼な。

……いいでしょう。
張将軍のお考えを、聞こうではありませんか。



張郤 諸葛亮ほどの男が、
撤退にあたって何の備えをしていないワケがないッ!

返り討ちにあうのは、目に見えている!!

司馬懿 …………。

張郤
兵法にも、記されてあるであろう?

『城を包囲するときは、必ず脱出路をあけておくべし。
 引き上げる軍勢は、追うべきではない』

……と。


司馬懿 ………………。

張郤 むやみに敵を追い詰めることもあるまい?

ネズミとて、窮地においては猫を噛むのだ!!




司馬懿 ふ……、ふははははははッ!!

張郤 ……な……!?

何が可笑しいッ!?

司馬懿 いやいや。これは失礼。
しかし。黄巾の乱から、かれこれ四十年も戦場で生き抜いてきた貴公が。

今更、『兵法の教え』を引き合いに出すとは……。笑わせる!

張郤 …………!?

司馬懿 ……ふ……。(笑)

『麒麟も老いては、駑馬に劣る』

とは、まさにこのこと。

張郤 ………なッ……!?

司馬懿 本当のところ、は。
貴方も、臆病風に吹かれたのでしょう?

……かつての于禁殿のように。(笑)



張郤 司馬懿……。き、貴公……ッ!?

武人を侮辱する、今の言葉!!
いかに立場上、私の上官にあるとは言え……。許せぬッ!!

司馬懿 …ふふふふ…。
ならば、武人らしく。

上官の命には従い、武をもって己の勇を証明してはいかがか?



張郤 ……くッ!!




結局、張郤は司馬懿の命令に従い、

追撃作戦の指揮を取る事となる。



張郤 よかろう……司馬懿め。

ならば、死んでやる。


張郤 ……ああ、死んでやろうとも……。

張郤 ……武人の誇り、ゆえに。

俺が、俺であるために……。




……かくして張郤は出撃した。悲壮なる覚悟をもって……





一方、撤退する蜀陣営では。

魏延 ああ、いいとも。最後尾は死守してやるさ。

……せいぜい、軍師殿は先を急ぐがいい。


蜀の猛将 魏延と諸葛亮が、火花を散らしていた。


孔明 これは、穏やかではありませんね。

魏延よ、私の命令が不服ですか?



魏延 『撤退にあたり、敵の追撃に備えよ』 という命令。

……これ自体は、不服ではない。

孔明 …………。

魏延 だが。しんがり、を引き受けるにあたって。

この機会に、軍師殿に言っておきたい言葉がある。

孔明 ………………。



魏延 これで、何度目だ? 
兵糧不足での撤退、など恥の極み!

補給の確保なくして、戦争に勝利はないッ!!

孔明 ……む。

今回、投入した輸送機械『木牛』は、
それなりの効果をあげたと自負しますが……?



魏延 あんな道具ひとつで、根本的解決になるかッ!?

孔明 ………………。



魏延 補給面で不安を抱えていた以上。

こたびの出兵、
はじめから勝てぬとわかっている戦ではなかったのか?

孔明 ………………。

魏延 そもそも、なぜ大国 魏と正面から戦う必要がある?

悲しいかな、われら蜀は小国なのだ

小国には、小国の戦い方があるであろう?




孔明 ……黙りなさい、魏延。

魏延 …………!?



孔明 ……かつてオマエが唱えた、無謀なる策。

「長安奇襲作戦」 に、まだ未練があるのですか?

魏延 ……た、確かに未練がない、と言えば嘘になる……。

しかし、俺が本当に言いたいのは……。

孔明 オマエは与えられた任務をこなしていれば、いいのです!

私のやり方に不満があるなら、とっとと去るがいいッ!!



魏延 ……ぐぅッ!!




結局、魏延は諸葛亮の命令に従い、

迎撃作戦の指揮を取る事となる。



魏延 俺はただ……。

聞いて欲しかっただけだ。


魏延 ……軍師殿のやり方では、勝てぬと。

今の戦い方では、勝てぬのだと……。


魏延 だが……。ここまで、うとまれては。

それも、むなしい努力なのかもしれぬな……。



……かくして魏延は出撃した。虚無感にとらわれつつ……





そして。


魏延 ……そこゆくは、魏の五将軍が一人!

張郤将軍とお見受けいたすッ!!

張郤 く……!?

やはり伏兵がいたか……。


二人は、出会った。






魏延 ……張郤殿、覚悟。

我らは高地において弓を構え、
貴公らは谷間においては身を晒している。
……もはや、逃げ場はない……。

張郤 なるほど。
さすがは、漢中にその人ありき、と言われた魏延殿。

理にかなった用兵、見事なる布陣よ。




魏延 ふ……。劉備殿の生前は、漢中太守を任されはしたが。

今はこの通りの、使いっ走り。
誉めてくれるのは、敵の将だけとは皮肉な話だ。

張郤 ふ……。そう、卑下することもあるまい?

敵味方ではあったが、長い付き合い。
こんな老人の首でよければ。喜んで、くれてやる……。(笑)





張郤 魏延 ………………。




魏延 ところで。

張郤 ??




魏延 確かに。貴公とは、長い付き合い。
漢中攻防戦でも、街亭の戦いでも。散々に苦しめられた。

……だからこそ、腑に落ちないのだが……。

張郤 うむ?



魏延 貴公ほどの歴戦の将が。
なぜ、このような無謀な追撃作戦の指揮を取っていたのか?

さしつかえなければ、聞かせてくれまいか。

張郤 そ、それは……。

魏延 ……どうしても、納得がいかないのだ。

貴公との決着を、このような形でつけることになるとは
思っていなかったゆえ……。



張郤 ……よかろう。
この胸の内は、誰かに明かしておきたかったところだ。

実は……かくかく、しかじか……。



魏延 な、なんと? し、信じられん……。

その司馬懿という男、貴公を殺そうとして、
そのような無謀な作戦を命じたのではあるまいな?

張郤 ……あるいは、そうかもしれぬ……な…。(苦笑)

司馬懿が完全に、魏の軍権を握ろうとしているのならば。
曹操様の頃より仕えている、この私は、さぞかし邪魔であろうよ。



魏延 ひどい話もあったものだ……。






張郤 ところで。

魏延 ??



張郤
かつての第一次北伐にて。

貴公が提案したという「長安奇襲作戦」。
あれほど見事な作戦が、なぜ諸葛亮殿に採用されなかったのか?

さしつかえなければ、聞かせてくれまいか。


魏延 そ、それは……。

張郤 ……どうしても、納得がいかないのだ。

もし、あの策が実行されていたなら。
今ごろ、長安は陥落し、魏の西半分は蜀の領土となっていたかもしれぬ……。



魏延 ……よかろう。
この胸の内は、誰かに明かしておきたかったところだ。

実は……かくかく、しかじか……。



張郤 な、なんと? し、信じられん……。

その諸葛亮という男、貴公を飼い殺しにしようとして、
そのような見事な作戦を否定したのではあるまいな?

魏延 ……あるいは、そうかもしれぬ……な…。(苦笑)

もし、あの作戦が成功していれば。
軍の総指揮権は、俺に任さざるをえなかっただろうし……。



張郤 ひどい話もあったものだ……。






張郤 魏延 ……………………。

魏延 なんだかな〜〜。

張郤 ……冷静に考えてみると……。

かなり、腹が立ってくるとゆーか…。



魏延 本当のところ、理不尽な上官など
殺してやりたいくらいなんだが……。

張郤 ……そーもいかないのが、
お互いツライところではある……。






張郤 魏延 ………!



張郤 ……魏延殿♪

魏延 ……張郤殿♪



張郤 魏延 ♪……ひとつ、相談があるのですが……♪








数刻後

魏の本陣にて


魏延 我こそは、魏延なりッ!!

敵の総大将、司馬懿はどこかッ!?



司馬懿 ……ば、馬鹿な!?
なぜ魏延が、こんなところまで……。

ええいッ!! 追撃部隊の張郤を、呼び戻せ!!



魏延 ふはははははッ!!

残念だが。……援軍は来ないだろうなぁ♪(笑)

司馬懿 ……な、なにぃッ!?





同刻

蜀の本陣では


張郤 魏の張郤、参るッ!!

諸葛亮よ、今こそ決着をつけん!!



孔明 ……ば、馬鹿な!?
なぜ張郤が、こんなところまで……。

ええいッ!! 迎撃部隊の魏延は、何をしているのですか!?



張郤 ふふふふふふッ!!

呼ぶだけ無駄ッ。 覚悟を決められい♪(笑)

孔明 ……なななななッ!?




この日。

両陣営のそれぞれから、

それはそれは 痛快そうに、

二つの高笑いが響き渡っていたそうな。




張郤 ふははははははははははははッ!! 魏延





天猿 コメント かいがら様から、いただいたネタを作品化。

悲劇の武将二人による、華麗なる復讐劇。
まったく、お見事な着眼点です。