三国劇場
髀肉の嘆
作: 天猿



曹操に追われていた劉備が、

荊州の劉表のもとに身を寄せていたときのこと。

ある、宴席にて……



劉備 ううッ……。(泣)

劉表 おや、劉備殿。

このように楽しい宴の席で、
なぜ急に涙など流しているのですか?



劉備 私が曹操に敗北し、
劉表殿にお世話になるようになってから

随分と月日が経ってしまいました。

劉備 かつては戦場で馬を駆る日々を送っていた私ですが……。

久しく馬にも乗っていないため、
今や太ももに余分な贅肉がついてしまう始末。

劉備 そんな我が身の情けなさを、嘆いているのです。



劉表 ……さすがは当代の英雄、劉備殿ですな。

その志の高さ、私など及びもつきません。(笑)

( ……人の家に転がり込んできた居候の分際で。

 言うことだきゃぁ、いっちょまえじゃのう )



劉備 とんでもない、私などが英雄などと!?

英雄とは、劉表殿のような人をこそ言うのでしょう。(笑)

( なぁーんてね♪ 

 今の言葉は、あくまで社交辞令だかんな。
 図に乗るんじゃねーぞ、この平和ボケ!! )



劉表 ははは。私などは、つまらぬ男ですよ。

この荊州の地を治め、守ることだけが精一杯の、小さな器です。

( この流浪の根無し草めが!

 もう いい中年の分際で、いつまでも夢を追いおって。
 見苦しいヤツだわぃ )





劉備 ……ご謙遜を。

この荊州の地が、豊かな土地となったのは劉表殿の手腕によるもの。
劉表殿が赴任する前は、無法地帯だったと聞いておりますぞ。

( 苦労して豊かな土地にしたってのに、
 それを元手に天下を狙おうとしないとはねぇ……。
 私には、とても理解できん。

 ……無欲というよりは無能だね。
 まったくもってつまらない男だよ、あんたは )



劉表 いやいや、私はただ為政者としての責務を果たしただけ。

『 いかに領民の暮らしを豊かにし、国を守るか 』
……運良くここまで来られましたが、先はどうなることか……。

( その点、貴様は最低な男じゃ。
 今までに何度 民を捨て、国を捨て、家族を置き去りにしてきたことか。
 私には、とても理解できん。

 ……無能に加えて無責任ときた。
 まったくもって救いがたい男だよ、貴様は )





劉備 ……ふむ。
確かに、この先は楽観できませんな。

北の曹操が、いつ侵攻してくるか、予断は許されない状況ですぞ。(苦)

( さっさと、私に兵をよこせ! 曹操と戦わせろ!!

 貴様の所に転がり込んだのも、
 パトロンとして役に立つと見込んだからなのだぞ!? )



劉表 劉備殿の、おっしゃる通りです。

貴公を迎え入れたのも、
曹操の脅威を重々に承知しているからこそ。(哀)

( この穀潰しめ。
 何が太ももに贅肉がついてしまった、だ?
 ……だったら、軍事訓練に励んでダイエットすればいいじゃろぉが!?

 貴様を迎え入れたのも、用心棒として役に立つと見込んだからなのだぞ!? )





劉備 現在、曹操は袁紹の勢力を掃討することに手一杯の状況。
今 この時をおいて、曹操を討つ機会はありませぬ。

……なにとぞ決断を、劉表殿!!

( たっく、その程度の戦略分析もできねーのかよ、このドン亀!! )


劉表 ……そうしたいのは、やまやま。

しかし、この荊州の地は東の孫呉からも狙われているのです。
北に対して遠征の兵を向ける余裕はとてもとても……。(困)

( 阿呆! 誰がその手にのるか、この疫病神!! )




劉備 なんと!?

では、もし曹操が力を蓄え、攻めてきたらどうする気なのですか?

( 国境沿いの、あんな小さな城に私を配備しやがって! 殺す気か!?)


劉表 この荊州には、多くの高名な学者を招いております。

いかに曹操とはいえ、この地を無理矢理 蹂躙するような行為は避けたいハズ。
……ここに、外交の活路があると私は信じております。

( いざって時は、貴様を生け贄にしてやる。
 貴様が今まで、何回 人を裏切ってきたと思っている!?

 おのれのよーなロクデナシに
 大事なワシの兵士、すなわち国民を預けるわけがないじゃろーが?)







劉備 ……なるほど。確かに、劉表殿がおっしゃることも、もっともです。
この荊州は、劉表殿の治める国。私は、客将に過ぎませぬからな。

劉表殿の意向に、従うことにいたしましょう!(笑)


( 病気でもなんでもいいから、早く死ね。

 いつか、機会を計らって乗っ取ってやる!! )



劉表 ……いえいえ。
しかし、劉備殿がおっしゃることも、心に留めておきます。
この荊州は、民の為の国。私は、州の刺史に過ぎませぬからな。

劉備殿、これからも力を貸してくだされ!(笑)


( まったく油断できぬ男よ。

 いつか、曹操に犠牲の羊として差し出してやるわぃ!! )







劉表 ははははははははははは!! 劉備





関羽 張飛 趙雲 ………………………………。



劉備 ん??

どうした、オマエ達。
何故、それほどに青ざめているのだ?(笑)

劉表 おや??

どうしたのです、御三方。
宴席の手際に、何か失礼でもありましたか?(笑)






関羽 張飛 趙雲 い、いえ。

……なんでもありません……。

( お、おそろしい……。

 あれほどの殺気をぶつけあいながらも、
 笑顔でいられる貴方達が、心の底から おそろしい……!)





この時の宴席の空気は

戦場以上に張りつめていたとかいないとか





天猿 : 【  髀肉の嘆  〜ひにくのたん〜 】
→ 『 … 巧妙を立てたり手腕を発揮する機会がないことを嘆くたとえ 』

けっこう有名なことわざですね。三国時代、劉備が劉表に身を寄せていたときに、
不遇を嘆いたエピソードが語源になっているそうです。

思うに、
あの劉備が首根っこを掴まれていたのですから、
なかなか劉表も手強いオッサンだったのではないでしょうか?