三国劇場 |
髀肉の嘆 | |
作: 天猿 |
曹操に追われていた劉備が、
荊州の劉表のもとに身を寄せていたときのこと。
ある、宴席にて……
ううッ……。(泣) |
おや、劉備殿。 このように楽しい宴の席で、 なぜ急に涙など流しているのですか? |
私が曹操に敗北し、 劉表殿にお世話になるようになってから 随分と月日が経ってしまいました。 |
かつては戦場で馬を駆る日々を送っていた私ですが……。 久しく馬にも乗っていないため、 今や太ももに余分な贅肉がついてしまう始末。 |
そんな我が身の情けなさを、嘆いているのです。 |
……さすがは当代の英雄、劉備殿ですな。 その志の高さ、私など及びもつきません。(笑) |
|
( ……人の家に転がり込んできた居候の分際で。 言うことだきゃぁ、いっちょまえじゃのう ) |
とんでもない、私などが英雄などと!? 英雄とは、劉表殿のような人をこそ言うのでしょう。(笑) |
|
( なぁーんてね♪ 今の言葉は、あくまで社交辞令だかんな。 図に乗るんじゃねーぞ、この平和ボケ!! ) |
ははは。私などは、つまらぬ男ですよ。 この荊州の地を治め、守ることだけが精一杯の、小さな器です。 |
|
( この流浪の根無し草めが! もう いい中年の分際で、いつまでも夢を追いおって。 見苦しいヤツだわぃ ) |
……ご謙遜を。 この荊州の地が、豊かな土地となったのは劉表殿の手腕によるもの。 劉表殿が赴任する前は、無法地帯だったと聞いておりますぞ。 |
|
( 苦労して豊かな土地にしたってのに、 それを元手に天下を狙おうとしないとはねぇ……。 私には、とても理解できん。 ……無欲というよりは無能だね。 まったくもってつまらない男だよ、あんたは ) |
いやいや、私はただ為政者としての責務を果たしただけ。 『 いかに領民の暮らしを豊かにし、国を守るか 』 ……運良くここまで来られましたが、先はどうなることか……。 |
|
( その点、貴様は最低な男じゃ。 今までに何度 民を捨て、国を捨て、家族を置き去りにしてきたことか。 私には、とても理解できん。 ……無能に加えて無責任ときた。 まったくもって救いがたい男だよ、貴様は ) |
……ふむ。 確かに、この先は楽観できませんな。 北の曹操が、いつ侵攻してくるか、予断は許されない状況ですぞ。(苦) |
|
( さっさと、私に兵をよこせ! 曹操と戦わせろ!! 貴様の所に転がり込んだのも、 パトロンとして役に立つと見込んだからなのだぞ!? ) |
劉備殿の、おっしゃる通りです。 貴公を迎え入れたのも、 曹操の脅威を重々に承知しているからこそ。(哀) |
|
( この穀潰しめ。 何が太ももに贅肉がついてしまった、だ? ……だったら、軍事訓練に励んでダイエットすればいいじゃろぉが!? 貴様を迎え入れたのも、用心棒として役に立つと見込んだからなのだぞ!? ) |
現在、曹操は袁紹の勢力を掃討することに手一杯の状況。 今 この時をおいて、曹操を討つ機会はありませぬ。 ……なにとぞ決断を、劉表殿!! |
|
( たっく、その程度の戦略分析もできねーのかよ、このドン亀!! ) |
……そうしたいのは、やまやま。 しかし、この荊州の地は東の孫呉からも狙われているのです。 北に対して遠征の兵を向ける余裕はとてもとても……。(困) |
|
( 阿呆! 誰がその手にのるか、この疫病神!! ) |
なんと!? では、もし曹操が力を蓄え、攻めてきたらどうする気なのですか? |
|
( 国境沿いの、あんな小さな城に私を配備しやがって! 殺す気か!?) |
この荊州には、多くの高名な学者を招いております。 いかに曹操とはいえ、この地を無理矢理 蹂躙するような行為は避けたいハズ。 ……ここに、外交の活路があると私は信じております。 |
|
( いざって時は、貴様を生け贄にしてやる。 貴様が今まで、何回 人を裏切ってきたと思っている!? おのれのよーなロクデナシに 大事なワシの兵士、すなわち国民を預けるわけがないじゃろーが?) |
……なるほど。確かに、劉表殿がおっしゃることも、もっともです。 この荊州は、劉表殿の治める国。私は、客将に過ぎませぬからな。 劉表殿の意向に、従うことにいたしましょう!(笑) |
|
( 病気でもなんでもいいから、早く死ね。 いつか、機会を計らって乗っ取ってやる!! ) |
……いえいえ。 しかし、劉備殿がおっしゃることも、心に留めておきます。 この荊州は、民の為の国。私は、州の刺史に過ぎませぬからな。 劉備殿、これからも力を貸してくだされ!(笑) |
|
( まったく油断できぬ男よ。 いつか、曹操に犠牲の羊として差し出してやるわぃ!! ) |
ははははははははははは!! |
………………………………。 |
ん?? どうした、オマエ達。 何故、それほどに青ざめているのだ?(笑) |
おや?? どうしたのです、御三方。 宴席の手際に、何か失礼でもありましたか?(笑) |
い、いえ。 ……なんでもありません……。 |
|||
( お、おそろしい……。 あれほどの殺気をぶつけあいながらも、 笑顔でいられる貴方達が、心の底から おそろしい……!) |
天猿 : | 【 髀肉の嘆 〜ひにくのたん〜 】 → 『 … 巧妙を立てたり手腕を発揮する機会がないことを嘆くたとえ 』 けっこう有名なことわざですね。三国時代、劉備が劉表に身を寄せていたときに、 不遇を嘆いたエピソードが語源になっているそうです。 思うに、 あの劉備が首根っこを掴まれていたのですから、 なかなか劉表も手強いオッサンだったのではないでしょうか? |