三国劇場
美髯公 (第三話)
作: 天猿



樊城の戦いにて于禁に勝利を収めつつも、
呉の呂蒙の奇計にて後方を遮断された関羽。

麦城に逃げ込んだが呉の大軍勢の包囲から逃れることはかなわず、
関羽親子は捕らえられ孫権と対面することとなった。



関羽 関平よ、我らの武運はここまで。

武人たるもの、決して散り際が見苦しいものであってはならぬぞ。

関平 ……ええ、父上。

覚悟は出来ております。



孫権 関羽よ。

このような形で、おぬしと対面することとなったのは、
この孫権 まことに遺憾に思う。

孫権 だが、おぬしほどの名将を斬るのはしのびない。

どうか、私に仕える道を選んではくれぬか?

関羽 ふん。

碧眼紫髯の小僧が笑わせるわッ。

関羽 この関羽、劉備兄者と《桃園の誓い》を結んで30余年。
かつて曹操からの誘いにすら、心を動かされることはなかった。

まして、キサマごとき こわっぱになど!

関羽 さぁ、さっさと首を斬るがいいッ!!



呂蒙 孫権様。

関羽はけっして劉備以外には仕えませぬ。
生かしておいても我らの禍根となるだけですぞ。

孫権 ううむ……。
呂蒙、おぬしがそう言うのならば…。

やむをえぬ、関羽の首を斬れぃ。



呂蒙 関羽殿。
許せ、とは言わぬ。これも乱世のならい。

……だが、せめて。
何か 言い残すことはあるだろうか?

関羽 ……ふっ。

ならば、ひとつだけ頼みたいことがある。

呂蒙 聞こう。



関羽 首を斬るとき、

絶対に それがしのヒゲには傷をつけないでもらおう!!



呂蒙 孫権 関平 はぁ!?



関羽 首を斬られようとも、
この美しいヒゲだけは一本たりとも切られたくはない。

それがしの首を落とすときには、細心の注意を払うのだぞ。

呂蒙 ……ちょっと待て。
そ、そんなことよりも。

荊州の領有問題とかについて
言い残すことがあるんじゃないのか?

関羽 それがしのヒゲを、そんなこととは何事だ!?

ハッキリ言って、荊州一国よりもそれがしのヒゲ一本の方が
よっぽど大事だッ!!

孫権 …………。

りゅ、劉備殿や蜀の国について
言い残すこととかはないのか?

関羽 まー、それはそれで、なるようになるだろう。

関平 ………………。

な、なるようになるって……?



関羽 とにかく、今 話すべき問題はヒゲについてである。

オマエ達、ありがたく拝聴せぃ!

呂蒙 孫権 関平 ( ……あ、ありがたくない……)





…………数刻後…………



関羽 ……そういうわけで、だ。

とにかく大事なのは首を斬る際に、
ヒゲを血で汚すような無粋な真似をしないことである。

呂蒙 …………ッ。

関羽 くわえて。
死化粧の際も、ヒゲの手入れは入念にすること。

許都から漢王室愛用の香油と白髪染めを取り寄せて欲しい。

孫権 ……………………ッ。

関羽 一応、念を押しておくが……。

それがしのヒゲに対して、哀悼の詩を作らせること。

これは必須だ。絶対にはずせない。

関羽 そうだな、曹操か曹稙あたりが望ましい。

千年の後に至るまで、
それがしのヒゲの美しさを伝えるのだッ!!

関平 ………………………………ッッ。



関羽 ……ん?

オマエ達、返事はどうした?



関平 えぇと、孫権殿? 

……私としては、ですね……。

孫権 関平殿、言わずとも良い。
ここにいる三人、気持ちは同じだッ。

呂蒙、わかっているな?

呂蒙 はい、言わずとも。

ふふふ、決定ですな。



関羽 はて?

三人とも、何が決定したのだ??

呂蒙 孫権 関平 首を斬る前に、ヒゲを全部 剃ってやる。

関羽 ぬなッ!?





呂蒙 おーい、誰か。

もっと、よく切れそーなカミソリを持って来い。



関羽 ひいいッ!?

カミソリとはきつすぎるッ!

なんとかしてくれぃ!!

孫権 ははは。

ヒゲを剃るのに、カミソリが鋭すぎるということはあるまい。

関羽 そ、孫権殿!

ヒゲだけは助けてくれぃ!

関羽 ……そ、そうだッ! それがしを使ってみる気はないか?

それがしが騎兵を、そなたが水軍を率いれば、
天下に恐れるものはあるまいぞッ!



関平 ええいッ。

父上、見苦しいぞ!
死ぬときは死ね。(笑)




天猿 : ラストシーンは、呂布の最期をパロディにしました。